
私はノスタルジー大好きっ子なのだが、これは「ん?」と思った。なんかちょっと違う気がする。
ノスタルジーが屈折して違う方面に向かっているような。
ラストの場面、コンサートで語るオーケン、ラバーソールを買ってとねだる中年のコマコ。
自分の青春を翻弄して流し去ったバンドブームを振り返り、そこになんとか意味を見つけて、もう一度前向きに進む力にする――というメンタリティーがあまりに寂しすぎる。ブースカを背負ってステージで歌う現在のオーケンの「ちょっと見ていられない痛々しさ」に似たものを感じるのだ。
「大人は汚ねぇよ!」と当時のバンドマンの気持ちを今さら代弁してもいいし、架空の彼女コマコとのエピソードでわざとらしいセピア色に塗りたくってもいいし、感慨たっぷりの自伝小説世界を繰り広げてもいい。とにかく「バンドブームの時代」単体でキラキラした物語を見せてほしかった。
過去の思い出を連れてきて無理やり未来のビジョンに挿げ替えるような、自己洗脳的でライブ感の無い青春小説になっている気がしてなんだか悲しい。これでは青春を一度すっかり切り離してしまったオジさんの回春小説だよ。寂しいよオーケン。

どうも読んだことあるような…と思ったら高校の時、図書館で単行本を読んでいた。(単行本では『90くん』というタイトルだった。今回読んだのは角川文庫)
一つ一つのコラムは大して面白くないのだが、2000年代に入って変な人気も落ち着いてきて、メンヘル時代を過去のものとしてうまく整理できている大槻ケンヂの文章は、なんだか安心して読んでいられる。
これがのほほんというものか。
私の90年代の思い出はあまりぱっとしないのだが、強烈な記憶があるものでは
「平仮名の『そ』を一画で書くように指導される」(小学1年だったから89〜90年)
「『酸性雨が怖いので登下校時は傘を差すように』と小学校で指導される」(90年)
「『サーフ'90』という湘南地区を挙げてのイベントがあったがまったく盛り上がらず」(90年)
「横須賀線のボックス席が激減して寂しい」(95年ごろ?)
「たまごっちが抽選で当たった(タダではなくて『買える権利』)けれど持て余す」(97年)
「母校の小学校でブルマー廃止」(妹が小学校中学年だったから98〜99年くらい?)
くらいだろうか。いや、もっと色々あったはずなのだが…。


