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三月は深き紅の淵を (講談社文庫)

『三月は深き紅の淵を』という架空の本をめぐる4つの短編。

第一章の中で語られている作中作『三月は深き紅の淵を』のあらすじは、
 第一部は4人のよく喋る壮年の男女が旅をする話。
 第二部は失踪した恋人を、主人公の女性が恋人の親友と探す話。
 第三部は少女が生き別れになった腹違いの兄を探す話。
 第四部はある物語作家が小説を書くところを一人称で描いた話。
第二章の中でも同じような紹介がされている。細かいディテールが少し違っているのはわざと正体をぼかすためだろう。
そしてこの作中作になぞらえる形で、『三月は深き紅の淵を』の各章に似ているようで異なる4つの物語が描かれている、それがこの作品である。

4つの章を通して読むと作中作『三月は深き紅の淵を』の形がはっきり見えてくるどころか、かえって漠然としたものになってしまう。何か大きな建物のまわりをぐるぐると回っているような、全貌をつかんだようで一向に正体のつかめない、靄のかかったような小説である。

残念なのは、これら4つの章をまとめた実際の『三月は深き紅の淵を』が、作中で言われているほどの作品になっていないことだ。
作中で登場人物たちに語られている、
「素晴らしい作品。誰もが魅きつけられる小説。こうして話を聞いているだけでも、とっても読みたくなる。」(第1部)
「確かに、妙に残る話であることは認めるわ。決して傑作ではないけれど」(第2部)
「本を閉じたあとも本の外に地平線が広がり、どこまでも風が吹き渡るような話。目を閉じれば、モザイクのようにきらきらした断片が残像のように脳裏に蘇る話。愛と人生の謎が秘められた、持った瞬間にずしりとした重さを感じる果実のような物語。」(第4部)
という形容に、どうも「外の4部作」は見合っていないような気がするのだ。

しかし、アイデアオチの実験小説まがいの作品か、というと決してそんなことはない。読者は外側の物語を追いかけながら内側の物語を想像しようと試みて、でも小説の構成は入れ子のようでありながら内容は作中作を完全になぞっているわけでもなく、内側の四部作をつなぐ共通のキーワード「ざくろの実」、同様に外側の四部作をつなぐ「小泉八雲」、さらに作中にちりばめられている小さなネタや嘘か本当か分からないような話、これらを考えているうちにとりとめもなくなってきてお酒を飲んで寝てしまう、そんなぼんやりした快感こそまさに読書の醍醐味。本が好きな人を幸せにしてくれる本だと思う。